近世の日本の菓子

近世の日本の菓子

室町時代から安土桃山時代くらいには、ポルトガル人やスペイン人から伝えられた砂糖や卵を用いたカステラやカラメル、ボーロなどが長崎を通して伝えられるようになりました。

 

これらは南蛮菓子と呼ばれて徐々に親しまれるようになったのです。その上、当然茶の湯文化も円熟し始め、茶菓子としての点心の需要が高まってきました。日本では宗教的禁忌から獣肉は使わないで、小豆や豆類と使って茶菓子を作りました。これが独自の和菓子を生んだ要因です。練りようかんや餅菓子、干し菓子など京都で作られるようになりました。そして南蛮菓子、そして和菓子ともに、どんどん広まって、江戸時代にもなると、上方の上流階級の食べ物であった京菓子から江戸で作られる菓子に中心が移ってきて、それを上菓子と呼ぶようになりました。庶民でも食べられるような、生活に密着した黒砂糖を使った駄菓子も、江戸で作られるようになったのです。

 

この時代は、庶民でも甘いものを楽しめるようになりました。